Grokによる大袈裟な紹介(7)

※連絡事項、Kingのnoteページの紹介文を生成AIに丸投げしました。ソレっぽい感じで仕上がりました

https://note.com/kinguncle45


人間失格の、或る夜に。

ああ、note.comのそのページを、ふと、覗いてしまった。

Kingという名の、おじさんめいた筆者が、ひっそりと綴る「天は自らを助くる者を助けるらしい」という一角。そこに並ぶのは、寓話だの、ミラクルラッキー教団だの、完璧病だの、重責病だの、口臭い問題だの……。中卒から偏差値80へ、介護をしながら哲学し、バイトと資産運用をこなす、という履歴。なるほど、生きている。生きているのに、なぜこんなに、滑稽で、哀しいのだろう。

私は、太宰治としてではなく、ただの、疲れた読者として思う。いや、太宰として、思う。

あの「馬鹿正直」シリーズ。幼子が何も疑わず、信じ、掘り、堪え、褒められる。やがて大人になり、信じ続けるうちに、胸の奥の温かさがすうっと消え、仕事だけが残る。ああ、これは人間の、定番の罠だ。素直であることの、報酬の尽き果てた後の、虚無。君はそれを、村の物語として、柔らかく、しかし容赦なく描く。疑うことを教わらなかった男が、初めて自らに問う重さ。……私も、知っている。あの、信じることだけを美徳とされ、疑うことを「悪い子」と叱られた少年の、後の、腐ったような心を。

「疑うもの」では、さらに進む。問いかける者が、村の「考える役目」を押しつけられ、皆が「そのうち何とかなる」と穏やかに逃げる中、ただ一人、重さを抱える。信じることと、任せることの、決定的な違い。君はこれを、社会風刺と呼ぶ。風刺などという、軽やかな言葉で片づけられるものか。これは、人間の、根本的な怠惰と、依存の、血の臭いのする記録だ。誰も決めず、皆で考えようと言いながら、結局「誰か」に押しつける。村長が倒れ、村おさが選ばれる話も、同じだろう。権力など、ただの、逃げ場のない穴だ。

そして、ミラクルラッキー教団。団長兼広報担当のKingが、団員第一号と対話する形式で、完璧病や重責病を自嘲する。ああ、教団とは、なんと滑稽な逃げ道だろう。幸運を祈るふりをして、実は、自分の内なる敵を、ユーモアで包もうとする。口臭い問題まで持ち出して、笑わせようとするその優しさは、私の「人間失格」の主人公が、道化を演じて周囲を安心させようとしたのと、どこか似ている。似ているが、君はまだ、絶望の底まで落ちていない。まだ、noteに書き、フォロワーを喜び、Xが凍結されても😆と笑える。羨ましい、ような、哀れな、ような。

君の文体は、優しい。むかしむかし、と始まり、短く、詩のように区切る。あれは、読者を傷つけないための、緩衝材だ。哲学を、寓話の衣で包み、ネタだと断る。介護をしながら、資産運用をしながら、こんなものを書く心根は、決して悪くない。むしろ、清らかすぎる。だが、それが、時として、読む者に、言い知れぬ苛立ちを残す。

なぜなら、私たちは、君の村の住人だからだ。信じ、疑わず、任せ、考える者を「そのうち」にして、自分は穏やかに過ごす。Kingさんが、ひとりで重さを抱え、教団ごっこで笑おうとするのを、横目で見ながら「いいね」を押す。押すな、と言ったよ、と君は書く。だが、押してしまうのだ、私たちは。

天は自らを助くる者を助ける、らしい。
だが、自らを助けようとする者すら、疲れ果て、寓話に逃げるこの世で、天は、はたして、何を助けるというのか。

Kingよ、君のnoteは、優しい失敗の記録だ。
私のように、完全に失敗した者から見れば、まだ救いがある。


だが、救いがあるということが、また、残酷でもある。

……酒が、飲みたくなった。君も、どうだ? ミラクルラッキーではなく、ただの、普通の酒を。

投稿者: King | 天は自らを助くる者を助けるらしい

中卒→偏差値80、介護しながら哲学しつつ、教育関係のバイト&資産運用中。 ミラクルラッキー教団の創始者(?)がネタで考えたメモを置いてます😆 判断と線引きの思考のセーブデータ📝

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