寓話、馬鹿正直二、疑うもの

※連絡事項、寓話馬鹿正直の第二弾です。第四弾まであります。このシリーズは成長物語として、また社会風刺として書いています。読んでみてください。

年月が過ぎ、
その者は、少しずつ問いを口にするようになった。

それは、
誰かを責めるためのものではなかった。

声を荒らげることもなく、
正しさを示すこともない。

ただ、

「なぜ、こうなっているのだろう」
「ほかのやり方はないのだろうか」

そうした言葉が、
自然とこぼれるようになった。

はじめのうち、
村の者たちは耳を傾けた。

「なるほど」
「そういう見方もあるか」

そう言って、うなずいた。

だが、それだけであった。

何かが決まることもなく、
何かが変わることもなかった。

言葉は、その場に留まり、
やがて消えていった。

その者がさらに言葉を重ねると、
村の中には、こう言う者もおった。

「そこまで考えんでもよい」
「昔からこうしてきたのだ」
「面倒なことは、誰かがやるだろう」

隣の家の幼馴染は、笑いながら言った。

「考えすぎだろう」
「昔からそうだな」
「誰かが決めるさ」
「おぬしは、考えるのが好きだな」

その言葉は、軽く聞こえた。

だが、その奥にあるものを、
その者は感じてしまった。

期待と、
手放しと。

気がつけば、
考える役目は、ひとところに集まっていた。

村の者たちは言った。

「皆で考えよう」

だが実際には、
「誰かが考えるだろう」と思っていた。

その「誰か」は、
いつの間にか、その者であった。

仕事は、少しずつ増えていった。

引き受ける者は定まらず、
境目は曖昧なまま、
物事は進められていった。

うまくいっても、
誰のものでもなかった。

うまくいかなくても、
誰のものでもなかった。

ただ、
決める者だけが、いなかった。

その者は、ふと立ち止まった。

そして、はじめて気づいた。

信じることと、
任せることは、同じではない。

皆が信じているようでいて、
ただ、決めることを置いているだけではないかと。

「疑う」という言葉は、
その者の中で、少しずつ姿を変えた。

それは、
誰かを疑うことではなかった。

善意を否むことでもなかった。

「このまま、決めずにいることは、
 本当に、よいことなのだろうか」

そう、自らに問うことだった。

問いを持つたびに、
胸はわずかに重くなった。

かつてのような軽さは、なかった。

だが、
目をそらすことも、できなくなっていた。

村の者たちは、変わらず穏やかであった。

「そのうち何とかなる」
「考えるのが得意な者に任せよう」

その言葉を聞きながら、
その者は、静かに思った。

――考えるだけでは、足りぬ。
――いずれ、誰かが決めねばならぬ。

その思いは、まだ形を持たなかった。

だが確かに、そこにあった。

それは、
信じるだけであった頃には、
知らなかった重さであった。

投稿者: King | 天は自らを助くる者を助けるらしい

中卒→偏差値80、介護しながら哲学しつつ、教育関係のバイト&資産運用中。 ミラクルラッキー教団の創始者(?)がネタで考えたメモを置いてます😆 判断と線引きの思考のセーブデータ📝

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