
※連絡事項、魔物が巣くう山の続編です。意味がわかるとちょっと怖い話かもしれません。読んでみてください。
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山の頂上に辿りついた男が、村に帰ってきた。
あれから何年も過ぎ去り、長老が亡くなった頃だった。
男は痩せていた。頬はこけ、目だけが妙にギラついていた。
村人たちは最初、彼を歓迎した。
「よく生きて帰ったな」と。
「もう無理だと思っていた」と。
男は笑った。
「いや、あれは生きるとは言わない」
少し空気が変わった。
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数日後、男は語り始めた。
「山には真理がある」
囲炉裏の前で、あるいは井戸のそばで、あるいは道端で。
場所は違えど、言うことはだいたい同じだった。
「お前たちは間違っている!」
「ここでの暮らしは偽物だ!」
「本物は、あの山の上にある!」
村人の一人が笑った。
「そんなにいいなら、なんで戻ってきたんだ」
男は少しだけ黙ったが、すぐに答えた。
「教えるためだ!」
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それから男の言葉は、少しずつ強くなった。
「山に登らない者は未完成だ!」
「苦しみは価値だ!」
「選ばれた者だけが、あそこに辿り着く!」
「選ばれた?」
「そうだ!」
男は指を立てた。
「お前たちは死ぬまで同じことを繰り返し続けていることをわかっているのか?」
誰も答えなかった。
「それがどれだけ無意味なことなのか、わからないのか?」
その話を聞いて、何人かは黙り込んだ。
何人かは笑い飛ばした。
何人かは、考え込んだ。
そして、何人かは――山を見た。
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やがて、村は少しだけ変わった。
男の話を信じる者が出てきた。
荷をまとめ、山へ向かう者も現れた。
一方で、男を避ける者も増えた。
「目がギラギラしていて怖い」と言う者もいた。
不思議なことに、男の語る山は、聞くたびに少しずつ違った。
ある日は「静寂」だと言い、
ある日は「絶叫」だと言い、
ある日は「何もない」と言った。
誰かがそれを指摘すると、男は笑った。
「お前たちにはまだ早い!」
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ある晩、囲炉裏の前で、男は言った。
「登った者にしかわからない!」
その場にいた若者が、ぽつりと呟いた。
「でも、帰ってきたのはあんただけだ」
男は一瞬だけ、言葉を失った。
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そのときだった。
戸が、静かに開いた。
見知らぬ男が一人、入ってきた。
妙に軽い足取りで、妙に場違いなほど明るい顔をしている。
誰かが尋ねた。
「……誰だ?」
明るい男はにこやかに手を振った。
「通りすがりの団長です✌️」
誰も意味がわからなかった。
団長は、帰ってきた男の前に座った。
「山、どうでしたか?」
帰ってきた男は、少し苛立ったように答えた。
「……言葉では説明できない」
「いいですねえ」
団長は嬉しそうに頷いた。
「で、登らないとダメなんですよね?」
「当然だ。登らなければ――」
団長はその言葉を、軽く遮った。
「でもね」
にこっと笑う。
「登らなくても、生まれてる時点でラッキーじゃないですか?✌️」
囲炉裏の火が、ぱち、と音を立てた。
誰も言葉を発さなかった。
帰ってきた男だけが、何かを言いかけて――
やめた。
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その夜、何人かは山へ向かうのをやめた。
何人かは、やめなかった。
ただ一つだけ、はっきりしたことがある。
山は、そこにあり続けた。
そして村も、そこにあり続けた。
団長は、いつの間にかいなくなっていた。
どこへ行ったのかは、誰も知らない。
ただ、あの一言だけが、妙に残った。
「それでもラッキー✌️」

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