
※連絡事項、ダークサイドに沈むKingが寓話の続編を書き上げました。
むかしむかし、
ある村に、ひとりの若者がおった。
その若者は、かつて山に消えた者の話を聞いて育った。
「あの山には、魔物が巣くっておる」
そう語る長老の言葉を、若者は半ば信じ、半ば疑っておった。
しかし若者もまた、山に惹かれる者であった。
ある日、若者は一匹の犬を連れて、あの山へと向かった。
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山は険しかった。
何日も登り続けたある日、若者は足を滑らせ、岩場で強く打ちつけた。
骨が折れておった。
立つこともできず、その場に倒れ込んだ。
「……ここまでか」
若者はそうつぶやいた。
しかし犬は離れなかった。
どこからか小さな獲物や木の実を見つけてきては、若者のもとへ運んできた。
水も探し、何度も行き来した。
若者はそのたびに、かすかな命をつなぎとめた。
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何日経ったのか分からぬ頃。
意識が薄れゆく中で、誰かの気配を感じた。
目を開けると、そこにはひとりの男が立っていた。
「……こんなところにおったんか」
若者はかすれた声で言った。
その男は、かつて村から消えた若者であった。
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男は静かに若者を見下ろしていた。
「ここは静かでええぞ」
男は言った。
「余計なものが、何もない」
若者は息を整えながら尋ねた。
「……村には、戻らんのか」
男は少し考え、首を振った。
「戻る理由がない」
犬が、低く唸った。
男はその犬を見て、わずかに目を細めた。
「おぬしは、まだ繋がっておるのだな」
若者は犬の方を見た。
犬はただ、じっとこちらを見ていた。
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「ここに残れば、楽だぞ」
男はぽつりと言った。
「苦しむことも、迷うこともない」
「上も下もない。ただ、あるだけじゃ」
若者は目を閉じた。
たしかに、すべてを手放せば楽なのかもしれない。
何も比べず、何も求めず、ただここにいるだけ。
それはどこか、甘く静かな誘いであった。
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そのとき、犬が若者の手を舐めた。
温かかった。
ここには、たしかに何かがあった。
若者はゆっくりと目を開けた。
「……いや、戻る」
男は何も言わなかった。
ただ、どこか満ち足りたように、こちらを見ていた。
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犬は立ち上がり、ゆっくりと下る道の方へ歩き出した。
ときどき振り返り、若者を待った。
若者は歯を食いしばり、体を引きずるようにして、その後を追った。
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長い時間をかけて、若者は山を下りた。
たしかに、傷は深く、以前のようには動けぬ体になっていた。
しかしその目は、まっすぐ前を見ていた。
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村に戻った若者を見て、長老は静かに言った。
「……帰ってきたか」
若者はうなずいた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「あの山には、たしかに魔物がおりました」
長老は何も言わず、続きを待った。
若者は犬の頭を撫でながら言った。
「ですが……連れていかれずに済みました」
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長老は犬を見て、小さく笑った。
「そうか。それは良かった」
そして、遠くの山を見つめて言った。
「魔物に取り憑かれる者もおれば、
つなぎ止められる者もおる」
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その日から村では、こう語られるようになった。
「あの山に登るときは、
ひとりで行ってはならぬ」と。

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