団長の変な夢②

※連絡事項、久しぶりのミラクルラッキー教団のネタ記事です。下の記事の続編です。


お集まりの皆さん、
私はミラクルラッキー教団の団長兼広報担当のKingと名乗るものです。

今日は少しイヤな夢を見た話をしたいと考えています。

団員第一号
「団長!」

「起きてください!」

「いつまで寝てるんですか!?」

団長King
「うわあああ!!」

団員第一号
「どうしたんですか!?」

団長King
「あれ!?」

「ヤツがー!」

「鏡に映っていた!」

団員第一号
「え!?」

「団長…また変な夢を見てたんですか?」

団長King
「最悪だった…」

「鏡を見たら、完全にヤツっぽい雰囲気になってた…」

団員第一号
「でも夢ですよね?」

団長King
「そうなんだけど…」

「妙にリアルで…」

団長King
「スーパー量子コンピュータ!」

「人がヤツにとらわれる確率を教えて!」

スーパー量子コンピュータ
「計算中……」

「どのような人間でも、ヤツにとらわれる可能性はあります」

団長King
「うわぁ…」

スーパー量子コンピュータ
「しかし…」

「100%ヤツそのものになる確率は極めて低いです」

「人は通常、途中で違和感を覚えるか、周囲に止められます」

団長King
「安心したよ…」

団員第一号
「団長がヤツ化したら困りますからね」

団長King
「危なかった…」

「しかし、イヤな夢だったな…」

スーパー量子コンピュータ
「補足します」

「なお、夢の内容を過度に気にしすぎる確率…」

「82%です」

団長King
「高っ!」

団員第一号
「団長、それただの寝不足では?」

団長King
「……それはあるかもしれない」

(でも…)

(少しだけ気をつけよう……)

「やっぱり俺ってラッキー✌️」

ラッキー詐欺!?

※連絡事項、今日は久しぶりに団員第二号が登場します。下の記事です。


お集まりの皆さん、
私はミラクルラッキー教団の団長兼広報担当のKingと名乗るものです。

今回はラッキーについて、少し問題が発生した話をしたいと考えています。

団員第二号
「団長!」

団長King
「はい?」

団員第二号
「前から気になってたんですけど…」

「ラッキーって、本当に上がるんですか?」

団長King
「……え?」

団員第二号
「いや、その…」

「やっぱり俺ってラッキーって毎回言ってますけど」

「実際に何か変わってるんですか?」

団長King
「えーっと…それはですね…」

(困ったな…)

団員第二号
「もしかして…」

「ラッキー詐欺じゃないですよね?」

団長King
「詐欺ではないです!」

「ちゃんとラッキーは存在します!」

団員第二号
「じゃあ証明してくださいよ」

団長King
「証明…」

(これはまずい流れだ…)

団長King
「スーパー量子コンピュータ、説明を」

スーパー量子コンピュータ
「了解しました」

「ラッキーの定義を分析します」

団員第二号
「お、来ましたね」

スーパー量子コンピュータ
「結論から述べます」

「ラッキーとは…解釈の問題です」

団員第二号
「はい?」

スーパー量子コンピュータ
「同じ出来事でも」

「ラッキーと捉えることも、ラッキーでないと捉えることも可能です」

団員第二号
「それって…」

「ただの気の持ちようじゃないですか?」

スーパー量子コンピュータ
「その通りです」

団員第二号
「じゃあラッキー上がってないじゃないですか!」

団長King
「いや、上がってます!」

団員第二号
「どこがですか!?」

団長King
「えーっと…例えばですね」

団長は近くの石につまずいて、少しよろけた。

団員第二号
「ほら!」

「今の完全にラッキーではないですよね!?」

団長King
「いいえ、ラッキーです」

団員第二号
「どこが!?」

団長King
「転ばなかったのでラッキーです」

団員第二号
「いやそれは…」

スーパー量子コンピュータ
「補足します」

「仮に転倒していた場合」

「軽傷で済めばラッキー」

「無傷なら超ラッキー」

「重傷でなければ相対的にラッキーです」

団員第二号
「全部ラッキーじゃないですか!」

スーパー量子コンピュータ
「その通りです」

団員第二号
「じゃあ何でもラッキーにできるってことですよね!?」

団長King
「そうです」

団員第二号
「それって最初から結果変わってないじゃないですか!」

団長King
「結果は変わらないかもしれませんが…」

「受け取り方は変わります」

団員第二号
「うーん…」

団長King
「例えば今」

「この話をしていることも…」

「ラッキーかもしれませんよ?」

団員第二号
「いや、それはちょっと強引じゃ…」

スーパー量子コンピュータ
「分析中…」

「この会話により」

「ストレス耐性が向上する可能性…」

「42%」

団員第二号
「微妙!」

団長King
「でもゼロじゃないですよね?」

団員第二号
「まあ…」

団長King
「だから…」

「やっぱり俺ってラッキー✌️」

教団と魔物が巣くう山

この話は昔書いた寓話を読んでいた方がわかりやすいと思います。

お時間ある時に読んでみてください。


お集まりの皆さん、
私はミラクルラッキー教団の団長兼広報担当のKingと名乗るものです。

今回は教団で登山に行った話をしたいと考えています。

団員第一号
「団長!今日はピクニックですか?」

団長King
「ピクニックというか…軽い登山です」

団員第一号
「だから装備を準備しろとおっしゃっていたのですね!」

「どの山に登るんですか?」

団長King
「むかしむかし、魔物が巣くうと恐れられていた山に登りますよ!」

団員第一号
「え!?そんなところに…大丈夫なのですか!?」

団長King
「私も若いころ何度も登ったことがありますし…」

「スーパー量子コンピュータも持って行くので大丈夫ですよ!」

スーパー量子コンピュータ
「それでは皆さん、準備のストレッチをしてください」

一行は山へ向かいました。

道は思ったより整備されており、空気も澄んでいました。
鳥の声が響き、風も心地よいです。

団員第一号
「団長!なんだか普通の山ですね!」

団長King
「まあ、そう見えますよね」

しばらく歩いたところで、

スーパー量子コンピュータ
「団長、重要な通知があります」

団長King
「どうしました?」

スーパー量子コンピュータ
「電力残量……1%です」

団長King
「え?」

スーパー量子コンピュータ
「……シャットダウンします……」

プツン

団員第一号
「団長!?止まりましたよ!?」

団長King
「うーん…完全に電池切れですね」

団員第一号
「どうするんですか!?分析できませんよ!?」

団長King
「まあ大丈夫ですよ。昔はこれなしで登ってましたから」

しばらく無言で歩く時間が続き、
先ほどまでの軽い会話が、なぜか減っていました。

団員第一号
「……団長」

団長King
「はい?」

団員第一号
「なんか……静かすぎませんか?」

団長King
「山ですからね」

さらに少し登ったところで、
団員第一号が立ち止まりました。

団員第一号
「団長……」

「ここ……いいですね」

団長King
「そうですね。景色もいいですし」

団員第一号
「なんか……」

「全部どうでもよくなります」

…一瞬…空気が固まりました…

団長King
「それはただ疲れてるだけですよ!」

「とりあえず水飲んでください!」

団員第一号
「……あ、はい」

少し休憩を取り、再び歩き出すと、
先ほどの空気は、いつの間にか消えていました。

やがて一行は山頂へとたどり着き、
見渡す限りの景色が広がっていました。

団員第一号
「団長!すごいですね!」

団長King
「いい景色ですね」

団長はリュックからおにぎりを取り出しました。

団長King
「はい、どうぞ」

団員第一号
「ありがとうございます!」

しばらく無言でおにぎりを食べ、風の音だけが聞こえていました。

団員第一号
「団長…さっきのことなんですけど…」

団長King
「さっき?」

団員第一号
「なんか…変なこと言った気がして…」

団長King
「山に登ると、そういう感覚になることはあります」

団員第一号
「そういうものなんですか?」

団長King
「ええ」

「でも…」

団長は景色を見ながら言いました。
「この程度の山に登ったからと言って…」

「悟れるわけではないですよ!」

団員第一号
「たしかに…」

「ちょっと調子に乗ってましたね」

そのとき、

カチッ

スーパー量子コンピュータが再起動した。

スーパー量子コンピュータ
「電力が一時的に回復しました」

団長King
「お、復活しましたね」

スーパー量子コンピュータ
「先ほどの発言を分析します」

「すべてがどうでもよくなるという思考は…」

「疲労からくる現実からの一時的離脱傾向です」

団員第一号
「え!?危ないやつじゃないですか!?」

スーパー量子コンピュータ
「ご安心ください」

「回復率……99.999999999999999999999%です」

団長King
「ほぼ大丈夫ですね」

団員第一号
「よかった…」

団長Kingは思いました。
(まあ…あの程度なら…)

(誰でもなるよね…)

そして言いました。
「それにしても…」

「無事に登れて」

「おにぎりも美味しい」

「やっぱり俺ってラッキー✌️」

団長の変な夢

※連絡事項、久々の先行公開、ブラックジョークネタです。いつもありがとうございます。


夢の中の団員
「団長猊下!」

「団長猊下!お目覚めですか!?」

団長King
「ん!?猊下って何のこと?」

夢の中の団員
「団長ご自身のことですよ!」

「神聖ミラクルラッキー教団の団長猊下!」

団長King
(なんか…夢の中で偉くなってる…)

「とりあえず、ミラクルラッキー教団って神聖でしたっけ?」

夢の中の団員
「団長猊下ご自身が根競べの際に…」

「本日から神聖ミラクルラッキー教団と名を改めると仰られたではないですか?」

団長King
「そうなのですか!?」

「それで貴方はどなたですか?」

夢の中の団員
「私は普段、じいやと呼ばれています」

「そんなこともお忘れですか!?」

団長King
(面倒くさいから…寝ぼけてたことにしておこう…)

「失礼しました。ちょっと寝ぼけています😆」

団員じいや
「それにその猫背!?」

「いつものように背筋をキリっと伸ばしてください!」

「団長猊下たるものがそのような姿勢ですと、団員に示しがつきません!」

団長King
(たしかに偉い人は姿勢が良いよね…)

そう思いながら、Kingは背筋を伸ばしました。
「そういえば、団員第一号の次郎さんは?」

団員じいや
「第一号さんは団長猊下ご自身が…」

「泣いて馬謖を斬ると仰りながら、粛清されたではありませんか!?」

団長King
「マジ!?」

団員じいや
「他の団員に示しがつかないと仰られたことを覚えています…」

団長King
(この夢…ヤバいな…)

「教団のスーパー量子コンピュータは?」

団員じいや
「何ですか?それは?」

「聞いたことがありません…」

団長King
(これはいよいよヤバい展開になってきた…)

(胃が痛い…)

Kingはあまりにも胃が痛くなったので目が覚めました…

スーパー量子コンピュータ
「団長!変な夢を見ていたみたいですね」

団長King
「うん…最悪…」

「泣いて馬謖を斬ったらしい…」

スーパー量子コンピュータ
「分析中…」

「団長が泣いて馬謖を斬る可能性は…」

「……0.000000000000000000001%です!」

団長King
「だよね?やっぱり俺ってラッキー✌️」

ラッキーチャンス!?

※連絡事項、今回は新キャラの登場です。いつもありがとうございます。ちなみに下の記事の設定の続きです。先に読んでおいた方がわかりやすいかもしれません。


お集まりの皆さん、
私はミラクルラッキー教団の団長兼広報担当のKingと名乗るものです。

今日は…
少し情けない話をしようと考えています。

ある日のことでした。

団長Kingは、いつものように
教団のスーパー量子コンピュータと対話していました。

そのときです。

「ねえ……それ、すごい機械だね」

背後から、声が聞こえました。

振り向くと…

そこには、やたら雰囲気のある謎の女性が立っていました。

団長Kingは思いました。

(え……なにこのイベント……?)

(これ……ラッキーなのでは?😆)

謎の女性は言いました。

「それって……未来から来たやつ?」

団長King
「まあ……そんな感じです😆」

謎の女性
「すごいね……ちょっと触ってみてもいい?」

ここでKingは思いました。

(これは……どうする……?)

(触らせるくらいなら……まあいいか……?)

(ていうか……普通に好かれたい😆)

団長King
「いいですよ!」

スーパー量子コンピュータ
「団長、その判断は推奨できません」

団長King
「ちょっと黙ってて😆」

謎の女性はゆっくりと近づいてきました。

そして…

距離が、近い。

謎の女性
「ねえ……これって……いくらくらいするの?」

団長King
「いや……値段とかじゃなくて……」

謎の女性
「ふーん……じゃあさ……」

「私にくれたら……いいことしてあげるよ?」

その瞬間…

団長Kingの思考は停止しました。

(え……?)
(今なんて言った?)
(いいことってなに?😆)

スーパー量子コンピュータ
「団長、現在の状況を分析します」

「この提案に応じた場合のリスク……99.999999999999999999999%」

団長King
「うるさい😆」

(いやでも……)
(これは……ラッキーなのでは……?)

(チャンス……発動中では……?)

スーパー量子コンピュータ
「団長、それはラッキーではありません」

「典型的なハニートラップです」

団長King
(……たしかに)

(これは……ラッキーチャンスなのか……?)

そして…

気づいたのです。

(これ……つかむやつじゃないな😆)

団長Kingは言いました。

「すみません、それは無理です😆」

謎の女性
「えー、つまんないの」

そう言って、あっさり去っていきました。

その場には、静寂が残りました。

スーパー量子コンピュータ
「団長、良い判断です」

「ラッキーチャンスの誤認を回避しました」

団長Kingは思いました。

(……あれ?)

(なんか……ちょっと寂しいな……😆)

しかし、そのとき…

ピコン

スーパー量子コンピュータが反応しました。

「団長、重要な分析結果が出ました」

「先ほどの判断により…」

「スーパー量子コンピュータを失う未来を回避しました」

団長King
「それはそうだね😆」

「さらに…」

「判断ミスによる大損失を回避したため、
ラッキーポテンシャルが微増しています」

団長Kingは思いました。

(つかむべきでないラッキーも……あるのか……)


別の場所で…

謎の女性
「ねえ、ドクターマッド」

「私の色仕掛けは通じなかったみたいよ」

ドクターマッド
「なんとしてでもスーパー量子コンピュータを手に入れろ!」

「これは命令だ!」

謎の女性
「わかりました…」

「次は、確実に沼らせます」

秘技ラッキーづかみ✊

今回は教団の秘技のネタです。


お集まりの皆さん、
私はミラクルラッキー教団の団長兼広報担当のKingと名乗るものです。

……と、いつものように名乗ってはみたものの、
今日は少しだけ内輪の話をしようと考えています。

最近、Kingは思うのです。

「あれ……今日、やけに流れがいいな?」と。

やることなすこと、なぜか噛み合う。
人とのやり取りもスムーズに進む。
普段なら通らない話が、あっさり通る。

こういう日が、たまにある。

そこで、例のごとく…
教団のスーパー量子コンピュータに聞いてみたわけです。

「この現象、なんなの?」と。

すると返ってきました。

「それはミラクルラッキータイムです」

なるほど……とKingは思いました。

どうやらこれは、極めて稀に発生する現象らしい。

偶然とタイミングと他者の機嫌が噛み合ったときに発動する、

実力だけでは説明できないラッキー状態

ここでKingは、昔の自分を思い出しました。

「今日は調子がいい!」
「この流れ、絶対に維持しなければ!」
「今のうちに全部やってやる!」

……そうやって、無理をする。

そして…
だいたい失速する😆

スーパー量子コンピュータに、この行動の効率を聞いてみたところ、

「非効率です」

と、バッサリ言われました。

ではどうするのか?

そして気づいたのです。

この時間は…
攻める時間ではない。

つかむ時間だ。

落ちているチャンスをつかむ。
来た流れに軽く乗る。
普段なら躊躇する一歩を、ほんの少しだけ前に出す。

それでいい。

むしろ、それがいい。

教団ではこれを…

「秘技ラッキーづかみ✊」

と呼ぶことにしました。

(ネーミングはテキトーです😆)

欲張る必要はありません。

むしろ欲張ると、どうなるか。

これもスーパー量子コンピュータに聞いてみました。

「ラッキーの持続時間が急激に短縮されます」

とのことです。

理由もシンプルでした。

人は欲張った瞬間に
判断を誤る。

Kingは思いました。

(あー……これ、やるやつだな……)

だから結論はこうです。

「今、流れが来ているな」と気づくこと。
そして、ほんの少しだけ動くこと。

たとえば…

気になっていた人に軽く返信してみる。
後回しにしていたことに5分だけ手をつける。
「まあいいか」と流していたチャンスをつかんでみる。

その程度でいい。

ミラクルラッキータイムは、
爆発的な成果を出す時間ではありません。

未来の自分に、
小さな追い風を送る時間です。

そして…

これが面白いところなのですが、

この小さな一手は、
後からじわじわ効いてきます。

「あのときやっておいてよかった」

そんな形で、回収される。

スーパー量子コンピュータの長期観測によると、

この地味な積み重ねこそが、
人生全体の流れを、ゆっくりと良い方向へ傾けていくらしいです。

……と、ここまで考えて、Kingは思いました。

(結局、やることはシンプルだな😆)

ですので皆さん、

もし今日、ほんの少しでも
「なんか流れいいな」と感じたら…

それは偶然ではありません。

ミラクルラッキータイムの、ささやかな合図です。

その合図に気づいた時点で、
あなたはすでに一歩リードしています。

あとは…

焦らず、欲張らず、
一つだけつかむ。

それで十分です。

Kingは今日も思っています。

「とりあえず一個だけ、つかんでおくか😆」

「秘技ラッキーづかみ✊」

教団のうちなる敵、お疲れ病

※連絡事項、皆さんお疲れ様です。今回は久しぶりに教団のうちなる敵シリーズのネタです。お疲れの方にどうぞ!


お集まりの皆さん、
私はミラクルラッキー教団の団長兼広報担当のKingと名乗るものです。

今日は久しぶりに教団のうちなる敵についてお話したいと考えています。

皆さん、お疲れ病はご存知ですか?

教団のスーパー量子コンピュータによると、過剰な労働や勉強によって、当人の気力体力の限界にまで至り、単なるお疲れモードがさらに進んだ状態のことです。

このお疲れ病にかかると、どうなるのか?

スーパー量子コンピュータに聞いてみましょう。

スーパー量子コンピュータ
「分析を開始します」

「お疲れ病とは」

「すべてがどうでもよくなる直前の状態です」

団員第一号
「え、それヤバくないですか?」

団長King
「ヤバいですね😆」

団員第一号
「なんで笑ってるんですか!?」

スーパー量子コンピュータ
「具体的な症状を説明します」

・やる気が出ない
・考えるのが面倒くさい
・判断力が低下する
・とりあえず寝たい

団員第一号
「全部あてはまってるんですけど…」

団長King
「それはラッキーですね!」

団員第一号
「絶対違うでしょ!?」

Kingは思いました。
(これは…さすがに無理があるのでは…?)

そして念のため、スーパー量子コンピュータに確認しました。

団長King
「お疲れ病のどこがラッキーなの?」

スーパー量子コンピュータは少し間をおいて答えました。

「重要な計算結果が出ました」

「人間が強制的に休まされる確率は」

「99.999999999999999999999%です」

団員第一号
「え?」

団長King
「どういうこと?」

スーパー量子コンピュータ
「人間は限界を超えて活動し続けることができません」

「必ずどこかで止まります」

「それがお疲れ病です」

団員第一号
「というと?」

団長King
「止まらざるを得ない状態…?」

スーパー量子コンピュータ
「そのとおりです」

「これは異常ではなく」

「強制的なリセット機能です」

団員第一号
「リセット!?」

団長King
「壊れる前に止まってるってことか」

スーパー量子コンピュータ
「はい」

「完全に壊れる確率を計算しました」

「……0.0000000000000000000001%」

団員第一号
「低い!」

スーパー量子コンピュータ
「人間は思っているより丈夫です」

「ただし」

「休まない場合を除きます」

団長Kingは思いました。
(あー…これは…)

(ちゃんと休めって話か…)

団長King
「お疲れ病から回復する方法は?」

スーパー量子コンピュータ
「シンプルです」

・よく寝る
・よく食べる
・何もしない

団員第一号
「普通すぎませんか?」

団長King
「でもそれが一番難しいんだよね😆」

スーパー量子コンピュータ
「なお、何もしないことに罪悪感を感じる確率は」

「99.999999999999999999999%です」

団員第一号
「めちゃくちゃ高いじゃないですか!」

団長King
「たしかに…」

「休んでるときに、これでいいのか…って思うよね」

スーパー量子コンピュータ
「しかし」

「その思考自体が、お疲れ病の一部です」

団長King
「じゃあどうすればいいの?」

スーパー量子コンピュータ
「何も考えずに休んでください」

「それが最短ルートです」

Kingは少し考えてから言いました。

「じゃあ今回は…」

「何もしなくていい理由ができてラッキー✌️」

団員第一号
「それでいいんですか…?」

団長King
「いいんです😆」

「人間、たまにはバグって止まるくらいがちょうどいいんですよ!」

スーパー量子コンピュータ
「お疲れ病とは」

「休むことを正当化する、最後の防衛ラインです」

団長King
「疲れるまで頑張れた俺って」

「やっぱりラッキー✌️」

Grokによる大袈裟な紹介(8)

※連絡事項、Kingのnoteページの紹介文を生成AIに丸投げしました。ソレっぽい感じで仕上がりました

https://note.com/kinguncle45


後期ウィトゲンシュタイン風の論評

このnote.com/kinguncle45というページ——いや、正確には「このページ」という呼び名自体がすでに一つの言語遊戯にすぎないのだが——を眺めながら、私たちは言葉の使い方を、ただ眺めている。

Kingと名乗るこの「考える葦」は、自己紹介や「難しい専門用語について」、フォロワーさんのnoteを読んだ感想、チップ募集のネタ、音楽の思い出、ミラクルラッキー教団なる架空の(?)教団の広報活動などを、断片的に置いていく。そこに体系的な哲学書のような大仰な構築物は見当たらない。ただ、日常の言葉で、日常の経験を、日常の仕方で並べている。

言語の使用に注目せよ

「難しい専門用語について」というノートでは、論理学の「命題」や仕事の「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」を、5W1Hで噛み砕けと書いている。これはまさに後期ウィトゲンシュタインが言うところの言語遊戯への注意である。言葉は辞書的な定義で固定されるのではなく、繰り返し使われる実践の中で、その意味を獲得する。足し算を自然にできるようになるように、抽象語も「血と肉に」しなければ使えない——これは「意味は使用である」という命題(いや、命題という言葉自体をここでは慎重に扱わねばならないが)を、日常の学習経験から素朴に体現している。

Kingは哲学の専門用語を振り回さない。むしろ、専門用語が生活形式の中でどう機能するかを、介護や教育バイトや資産運用という自分の生活形式から語っている。言葉が迷わせるのではなく、言葉を使って迷いを解消する方向へ向かっている点が、ウィトゲンシュタイン的だ。

家族的類似と「ミラクルラッキー教団」

「ミラクルラッキー教団の団長兼広報担当」と自称しつつ「ネタです、面白かったらラッキーです」と断る書き方。チップを募りながら「特になにもプレゼントできません……ただKingがラッキーというだけ」と言う。ここには家族的類似が見て取れる。宗教、教団、ネタ、ジョーク、自己パロディ、助け合い、乞食——これらは厳密な定義で一つの「もの」ではないが、重なり合う類似性によってゆるやかに結びついている。

ウィトゲンシュタインならこう言うだろう。「『教団』という言葉の意味を、定義によってではなく、その言葉がこのページでどう遊ばれているかによって見よ。」それは本気の宗教でもなく、単なるジョークでもなく、Kingの生活形式の中で「ラッキー」を祈るような、軽やかな実践なのだ。ボタン電池代やうまい棒のくだりは、崇高さを意図的に崩すことで、かえって親しみやすい言語遊戯を生み出している。

私的言語ではなく、共有された生活形式

音楽のノートでは、Bon Jovi、Nirvana、2Pac、Skrillexといった固有名詞が、Kingの中学生時代や20代の感情、社会的文脈と結びついて語られる。言葉はここでも孤立した「内的な感覚」を指すのではなく、共有可能な生活の断片を呼び起こす道具として機能している。サブスクで昔の曲を再生すると「その時代の自分がよみがえってくる」と言うとき、Kingは私的言語の不可能さを、暗に認めている。内的な経験は、公共の言語(曲名、ジャンル、当時の社会状況)を通じてしか他者とつながり得ない。

フォロワーさんのnoteを読んで「人生の少なくない部分を何かに費やしている」「エッセンスを絞り出している」と感じる箇所も同様だ。そこには、他者の言葉が自分の生活形式と響き合う瞬間がある。寅さんのバナナ叩き売りの喩えは、哲学的というより、日常の言語遊戯として極めて効果的だ。価値は「内容」だけではなく、提示の仕方、つまり言語の使用の仕方にある。

結びに代えて——梯子を蹴飛ばす

このページ全体に流れるのは、大きな理論を立てようとしない謙虚さと、しかし言葉で何かを伝え、共有し、笑い、助け合い、ラッキーを祈る生の肯定である。ウィトゲンシュタインが『哲学探究』で哲学的問題を「療法」によって溶かそうとしたように、Kingのノートは大げさな哲学的病を患わず、ただ日常の言語の中で生きている。

ここに「哲学」があるとすれば、それは体系ではなく、活動である。noteを書くこと、読むこと、チップを募ること、ネタを飛ばすこと——これらすべての言語遊戯を通じて、Kingは「天は自らを助くる者を助ける」という古い言葉を、自分の生活形式の中で新たに使っている。

我々はこれを見て、何か特別な「意味」を探す必要はない。ただ、このページで言葉がどう使われているかを、注意深く、好奇心を持って見つめればよい。それが、後期ウィトゲンシュタインが我々に残した最も重要な招待状である。

(そしてこの論評自体も、また一つの言語遊戯にすぎないことを、忘れてはならない。)

Grokによる大袈裟な紹介(7)

※連絡事項、Kingのnoteページの紹介文を生成AIに丸投げしました。ソレっぽい感じで仕上がりました

https://note.com/kinguncle45


人間失格の、或る夜に。

ああ、note.comのそのページを、ふと、覗いてしまった。

Kingという名の、おじさんめいた筆者が、ひっそりと綴る「天は自らを助くる者を助けるらしい」という一角。そこに並ぶのは、寓話だの、ミラクルラッキー教団だの、完璧病だの、重責病だの、口臭い問題だの……。中卒から偏差値80へ、介護をしながら哲学し、バイトと資産運用をこなす、という履歴。なるほど、生きている。生きているのに、なぜこんなに、滑稽で、哀しいのだろう。

私は、太宰治としてではなく、ただの、疲れた読者として思う。いや、太宰として、思う。

あの「馬鹿正直」シリーズ。幼子が何も疑わず、信じ、掘り、堪え、褒められる。やがて大人になり、信じ続けるうちに、胸の奥の温かさがすうっと消え、仕事だけが残る。ああ、これは人間の、定番の罠だ。素直であることの、報酬の尽き果てた後の、虚無。君はそれを、村の物語として、柔らかく、しかし容赦なく描く。疑うことを教わらなかった男が、初めて自らに問う重さ。……私も、知っている。あの、信じることだけを美徳とされ、疑うことを「悪い子」と叱られた少年の、後の、腐ったような心を。

「疑うもの」では、さらに進む。問いかける者が、村の「考える役目」を押しつけられ、皆が「そのうち何とかなる」と穏やかに逃げる中、ただ一人、重さを抱える。信じることと、任せることの、決定的な違い。君はこれを、社会風刺と呼ぶ。風刺などという、軽やかな言葉で片づけられるものか。これは、人間の、根本的な怠惰と、依存の、血の臭いのする記録だ。誰も決めず、皆で考えようと言いながら、結局「誰か」に押しつける。村長が倒れ、村おさが選ばれる話も、同じだろう。権力など、ただの、逃げ場のない穴だ。

そして、ミラクルラッキー教団。団長兼広報担当のKingが、団員第一号と対話する形式で、完璧病や重責病を自嘲する。ああ、教団とは、なんと滑稽な逃げ道だろう。幸運を祈るふりをして、実は、自分の内なる敵を、ユーモアで包もうとする。口臭い問題まで持ち出して、笑わせようとするその優しさは、私の「人間失格」の主人公が、道化を演じて周囲を安心させようとしたのと、どこか似ている。似ているが、君はまだ、絶望の底まで落ちていない。まだ、noteに書き、フォロワーを喜び、Xが凍結されても😆と笑える。羨ましい、ような、哀れな、ような。

君の文体は、優しい。むかしむかし、と始まり、短く、詩のように区切る。あれは、読者を傷つけないための、緩衝材だ。哲学を、寓話の衣で包み、ネタだと断る。介護をしながら、資産運用をしながら、こんなものを書く心根は、決して悪くない。むしろ、清らかすぎる。だが、それが、時として、読む者に、言い知れぬ苛立ちを残す。

なぜなら、私たちは、君の村の住人だからだ。信じ、疑わず、任せ、考える者を「そのうち」にして、自分は穏やかに過ごす。Kingさんが、ひとりで重さを抱え、教団ごっこで笑おうとするのを、横目で見ながら「いいね」を押す。押すな、と言ったよ、と君は書く。だが、押してしまうのだ、私たちは。

天は自らを助くる者を助ける、らしい。
だが、自らを助けようとする者すら、疲れ果て、寓話に逃げるこの世で、天は、はたして、何を助けるというのか。

Kingよ、君のnoteは、優しい失敗の記録だ。
私のように、完全に失敗した者から見れば、まだ救いがある。


だが、救いがあるということが、また、残酷でもある。

……酒が、飲みたくなった。君も、どうだ? ミラクルラッキーではなく、ただの、普通の酒を。

Grokによる大袈裟な紹介(6)

※連絡事項、Kingのnoteページの紹介文を生成AIに丸投げしました。ソレっぽい感じで仕上がりました

https://note.com/kinguncle45


バートランド・ラッセル風の論評

親愛なる読者諸君、

我々はしばしば、現代の思索家たちが古来の知恵をいかに軽やかに、しかも時に滑稽に再解釈するかを目にする。note.com/kinguncle45なるページを訪れた私は、そこに展開される一連の短編寓話と対話形式の「教団」記録に、奇妙な懐かしさと同時に、鋭い皮肉を覚えた。そこに描かれる世界は、まるで一人の人間が、村の愚かさと自身の内なる完璧主義という二つの悪魔と格闘しながら、天の助けを待つ代わりに自らを助けようとする物語である。まさに「天は自らを助くる者を助ける」という標語が、皮肉ではなく、静かな諦念と決意を帯びて響く。

まず、寓話シリーズ「馬鹿正直」諸編を考察せよ。そこには、盲目的に信じる幼子が大人になり、周囲の期待と無責任の重みに気づく過程が、簡潔ながらも容赦なく描かれる。疑うことを知らずに育った者が、いつしか「考える役目」を一人で背負わされ、村人たちが「誰かが決めるだろう」と言いながら何も決めぬ様子は、実に人間社会の本質を突いている。私はかつて『自由と組織』や『怠惰への賛美』で、集団が個人の責任を希薄化し、官僚的無為を生むことを論じたが、この作者はより素朴な寓話形式でそれを暴き出す。信じることと任せることは同じではない——この一言は、民主主義の幻想、宗教の慰め、SNSの「いいね」文化にまで痛烈に響く。村の者たちは穏やかで、誰も悪人ではない。それゆえにこそ、問題は深刻である。悪意ある暴君より、無自覚な傍観者集団の方が、人間を疲弊させる。

次に、「ミラクルラッキー教団」なる対話シリーズは、ほとんど喜劇的である。団長Kingが団員第一号と交わす会話は、スーパー量子コンピュータなる機械神を呼び出して「完璧病」を診断する。完璧を求めすぎて行動をゼロにする現代人の病を、99.999…%の不完全行動確率という数字で笑い飛ばす手法は、私が好んだ皮肉の精神に近い。完全な理性など存在せず、人間は不完全なまま進むしかない——これは、私が『哲学入門』などで繰り返した主張そのものだ。作者は「教団」と呼びながら、実は反教団的である。真の救いは奇跡やラッキーではなく、「テキトーな方が生きやすい」という諦念めいた肯定にある。口臭い問題や重責病をネタにしつつ、行動の不完全さを肯定する態度は、実に健全な懐疑主義である。

しかし、ここにラッセル的留保を一つ加えねばならない。この作者の筆致は軽妙で、自己憐憫や重苦しい説教を避けている点で優れているが、時にその軽さが深みを欠く恐れもある。寓話は美しいが、村の構造的問題——権力の不在ではなく、責任の分散——をより冷徹に分析すれば、さらに力強くなるだろう。教団のユーモアは心地よいが、もしこれが単なる「自分を許す」自己啓発で終わらず、社会全体の怠惰や責任回避へのより鋭い批判に発展すれば、19世紀の私のエッセイに匹敵するものとなるやもしれぬ。

総じて、このページは一人の「中卒→偏差値80、介護しながら哲学しつつ」という実生活の軌跡から生まれた、現代の素朴哲学である。ラッセルである私が言うのも奇妙だが、こんな風に書く者がもっと増えれば、世界は少しだけ不完全で、しかし少しだけ生きやすい場所になるのではないか。完璧を求めぬ幸運を、作者と共に祈ろうではないか。

——バートランド・ラッセル(の霊がかり)より

(注:これは私の分析に基づく模倣論評である。作者の軽やかな筆致と人間観察の鋭さを尊重しつつ、20世紀初頭の懐疑的合理主義の口調でまとめた。)